2025年も夏の甲子園が開幕しました。
そんな中広陵高校が話題となっています。
そんな広陵高校を指揮している中井哲之監督。
今回はそんな中井監督についてまとめます。
中井哲之監督経歴
1.プロフィール
中井哲之監督基本情報
名前:中井 哲之(なかい てつゆき)
生年月日:1962年7月6日
出身地:広島県甘口市
出身校:広陵高等学校→大阪商業大学
中井哲之監督は1962年7月6日生まれの
63歳です。(2025年8月時点)
広島県甘口市出身で高校は広陵高等学校、
大学は大阪商業大学を卒業しています。
高校、大学ともに野球部に所属しており
27歳の時に広陵高等学校の監督に就任し
現在に至ります。
それでは少し詳しくみていきます。
広陵高校→大阪商業大学
高校は現在自身が監督を務める広陵高校でした。
選手としてのポジションは内野手でした。
高校3年に春の甲子園では
1番ショートとして出場しています。
この春の大会では準決勝で高知商業高校に
敗れベスト4となりました。
夏の甲子園では1番サードとして出場しますが
準々決勝で天理高校に敗れベスト8でした。
春夏共に優勝候補とされていましたが
優勝を飾ることはできなかったようです。
個人成績としては6試合で5本しか
ヒットは生まれなかったようですが
足が速かったため盗塁はいくつか記録しています。
高校を卒業してからは地元広島を離れ
大阪商業大学に進学します。
大学時代にも野球部に所属していたようですが
成績などは見つけることはできませんでした。
高校時から足が速かったので俊足を生かし
走塁や守備面で活躍していたのでしょう。
ドラフトにかかったかどうかは分かりませんが
プロ志望届を出していない可能性もあります。
27歳の若さで広陵高校監督に就任
1985年に母校である広陵高校の
商業科の教諭として帰ってきます。
同時に野球部のコーチにも就任します。
コーチ時代には広島カープ/阪神タイガースで
活躍した金本知憲選手も指導しています。
1990年4月に27歳の若さで監督に就任します。
低迷していた野球部の改革に挑戦します。
選手の自主性も重要視するチームを目指し
上下関係などの古い制度も一新しました。
そして翌年1991年の春の選抜にて
65年ぶりの全国制覇を成し遂げます。
2003年にも春の選抜で優勝します。
春大会で3度の優勝を果たし広陵高校は
「春の広陵」と呼ばれるようになります。
ただ夏大会では決勝まで2度進出するも
まだ優勝に一歩届いていません。
また2021年4月月からは
広陵高校女子硬式野球部の監督も兼任しています。
以下に中井監督の戦績と教え子をまとめます。
甲子園戦績
春:出場14回/24勝/12敗/1分/優勝2回
夏:出場9回/15勝/9敗/準優勝2回
教え子
- 二岡智宏(元北海道日本ハム)
- 福原忍(元阪神タイガース))
- 新井良太(元阪神タイガース)
- 西村健太朗(元読売ジャイアンツ)
- 野村祐輔(広島東洋カープ)
- 小林誠司(読売ジャイアンツ)
- 上本崇司(広島東洋カープ)
- 有原航平(福岡ソフトバンクホークス)
- 福田周平(オリックス・バファローズ)
- 上原健太(北海道日本ハム)
- 佐野恵太(横浜DeNAベイスターズ
- 中村奨成(広島東洋カープ)など
コーチ時代には金本知憲さんも指導
多くの野球選手を指導した中井監督
中井監督は27歳で広陵高校の監督に就任し
チームの改革を実施しました。
就任した翌年にいきなり春の選抜大会で
全国制覇を成し遂げました。
さらには多くのプロ野球選手も輩出しており
女子チームの監督ともなったので今後女子選手も
多く輩出されるかもしれません。





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